劇場情報
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天国にちがいない

この世界は、かくも可笑しく 愛おしい―。
It
must
be
heaven
天国にちがいない

天国にちがいない

この世界は、かくも可笑しく 愛おしい―。
It
must
be
heaven
天国にちがいない
billing
アイロニーに満ちたユーモアと詩情豊かなイマジネーション―  現代のチャップリンと称される名匠エリア・スレイマン10年ぶり最高傑作。
1月29日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
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監督・脚本・主演:エリア・スレイマン『D.I』  出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、タリク・コプティ、アリ・スレイマン2019年/フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ/102分/シネスコ/5.1ch/言語:英語、フランス語、スペイン語、アラビア語/原題:It Must Be Heaven /日本語字幕:堀池 明/提供:ニューセレクト・クロックワークス/配給:アルバトロス・フィルム/クロックワークス
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アイロニーに満ちたユーモアと詩情豊かなイマジネーション―  現代のチャップリンと称される名匠エリア・スレイマン10年ぶり最高傑作。
1月29日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
監督・脚本・主演:エリア・スレイマン『D.I』  出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、タリク・コプティ、アリ・スレイマン2019年/フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ/102分/シネスコ/5.1ch/言語:英語、フランス語、スペイン語、アラビア語/原題:It Must Be Heaven /日本語字幕:堀池 明/提供:ニューセレクト・クロックワークス/配給:アルバトロス・フィルム/クロックワークス
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SOUNDTRACK

Introduction

Introduction

カンヌ国際映画祭W受賞&アカデミー賞国際長編映画賞 パレスチナ代表 現代のチャップリンが贈るパレスチナへのラブレター

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カンヌ国際映画祭W受賞&
アカデミー賞国際長編映画賞
(パレスチナ代表)
現代のチャップリンが贈る
パレスチナへのラブレター

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中東、パレスチナ。現在、世界の中でもこれほど定義の難しい地域名は他にないだろう。もともとは現在のイスラエルとパレスチナ自治区、一部地域を除くヨルダン、そしてレバノンとシリアの一部を指していたが、1948年ユダヤ人によるイスラエル建国宣言によって、先住のアラブ人は「国外」に逃げて難民となるか、その地に留まるかの選択を迫られた。後者を選んだものは、自動的に「イスラエル人」にさせられてしまった。この「パレスチナ系イスラエル人」であり、イエスの故郷ナザレに生まれたのが本作の監督エリア・スレイマンである。
2002年カンヌ国際映画祭審査員賞、国際批評家連盟賞(FIPRESCI賞)を受賞した『D.I.』(ディー・アイ)では、自らの出生と同様のナザレに住むイスラエル国籍のパレスチナ人を演じ、熱狂的なファンを獲得。中東紛争やパレスチナ問題をテーマにしながらも、アイロニーに満ちたユーモアで世界に笑いの渦を巻き起こした奇才だ。
本作では、カンヌ国際映画祭パルムドールの有力候補と目されつつ、特別賞と国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI賞)をW受賞。第92回アカデミー賞国際長編映画賞ではパレスチナ代表に選出されるなど、世界中の映画祭で軒並み高評価を受けた。
その作風……いや芸風はチャップリンやバスター・キートン、あるいはジャック・タチなど偉大な“喜劇王”たちと比較されるほど。
無言で世界を見つめる道化に扮するスレイマンだが、彼もまた決して傍観者では居られない。平凡なひとりの人間として、世界の混沌に巻き込まれていく。
本作では主人公の友人として、あの人気俳優、ガエル・ガルシア・ベルナルが本人役で出演。そしてスレイマンが演じる主人公のキャラクターは、より彼の自画像に近づいた。なんと新作の企画を持って彷徨う映画監督の役!

果たして我々の“故郷”と呼べる場所とは何なのか―? アイロニーに満ちたユーモアと詩情豊かなイマジネーションで贈る珠玉のコメディー

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果たして我々の
“故郷”と呼べる場所とは
何なのか―?
アイロニーに満ちたユーモアと
詩情豊かなイマジネーションで贈る
珠玉のコメディー

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映画監督であるエリア・スレイマン(以下ES)は、新作映画の企画を売り込むため、そして新たなる故郷を探すため、ナザレからパリ、ニューヨークへと旅をする。
パリでは美しい景観に見惚れる一方、街を走る戦車、炊き出しに並ぶ大勢の人、救護されるホームレスを、ニューヨークでは映画学校の講演会で対談相手の教師から「あなたは真の流浪人ですか?」と唐突に質問をされ呆気に取られながら、街で銃を持つ市民、上空を旋回するヘリコプター、セントラルパークで警官に追われ逃げ回る裸の天使を目の当たりにする。さらに、肝心の映画企画は友人ガエル・ガルシア・ベルナルの協力を得るも「パレスチナ色が弱い」とプロデューサーからあっけなく断られてしまう。
パリからニューヨーク、いかに遠くへ行こうとも、平和と秩序があるとされる街にいようとも、何かがいつも彼に故郷を思い起こさせる。新たなる故郷での新生活への期待は間違いの喜劇となる。
アイデンティティ、国籍、所属に巡るコミカルな叙事詩(サーガ)。
まるで、どこに行っても同じ――。この世界はパレスチナの縮図なのか?
そこでESはある根本的な疑問を投げかける。「我々の“故郷”と呼べる場所とはいったい何なのか―?」

ナザレ、パリ、ニューヨークと、ひとりの男の極私的な旅路を、その地独特の街並みや慣習を美しく軽やかに演出。気品あふれる映像美に酔いしれる。あくまでエレガントなタッチを崩さず、「パレスチナ問題」をユーモラスに演出。だがそこには、監督の強烈な政治的メッセージが込められている。
長編デビュー作『消えゆくものたちの年代記』(96)、『D.I.』(02)を通して、主演しながらひと言も喋らなかったESが、この映画ではふた言だけ口を開く。「ナザレ」「パレスチナ人だ」!
英語、フランス語、アラブ語、スペイン語、ヘブライ語……あらゆる言語が飛び交う旅を通して、この世界に生きる全ての人に根源的な疑問を投げかける意欲作であり、パレスチナへの愛と苦悩、そして世界の混迷と人間の愛おしさを軽やかな映像美で描く名匠エリア・スレイマン10年ぶりの新たなる傑作である。

Story

<ナザレ>
映画監督のES(エリア・スレイマン)は、自宅で物思いにふけりながら、静かに日常を送っている。 いつものようにテラスでお茶を飲み、煙草をふかしていた時、ふと庭を見下ろすと、レモンの木から果実をもぎ取っている男が居た。
その男はこう言う。
「隣人よ、泥棒とは思うな。ドアはノックした。誰も出てこなかったのだ」

散歩に出るES。街を歩いていると、物騒な男たちの集団が走ってきて通り過ぎて行く。聞こえてくるパトカーのサイレンの音。

あるレストラン。ESが酒を飲んでいると、向かいのテーブルで柄の悪そうな兄弟がウェイターにクレームを出している。
「妹が、料理の酸味が強すぎると言っている」
「ワインソースのせいでしょう。ワインに浸した鶏肉を出しただけです」
一触即発の状況。しかしウェイターの冷静な対応で平和的解決に落ち着く。

また別の日。ESが街を歩いていると、「隣人さん」と呼び止める声。
ひとりの老人。彼はESに、先日狩りをしていた時、ワシに狙われていたヘビの命を助け、そのヘビに恩返しをしてもらった不思議な話をして、去っていった。

カフェのオープンテラス席。ESの目に入るのは、立ちションする酔っぱらいの姿。その男を警官たちが白バイに乗って追いかけていく。


雨の夜道。ESが歩いていると、前方に全身濡れたままの老人がいる。 「隣人よ。小便が止まらん。次から次に出る」
ESは老人を傘の下に一緒に入れてやり、共に歩き出す。

自宅に戻ると、隣の邸宅のテラスでは、父親と息子が背中合わせに座り、「どら息子」「クソ親父」などと罵り合っていた。

山の中。ESが車を降りて散策していると、アラブの遊牧民、ベドウィンの女性が水を運んでいた。

海を眺めるES。帰りの車を走らせていると、後方からパトカーが接近してくる。運転席には二人の警官。なぜか互いのサングラスを交換し合っている。その後部座席には、目隠しをされたひとりの女性が乗っている。

家の中の不要な物を処分し、飛行機に乗るES。機体は雲の上へとぐんぐんのぼり、気流の乱れで時折ガタガタ揺れる。心配顔のESだが、ともあれ彼は異国へと旅立っていく――。

<パリ>
華やかな都、パリ。カフェのオープンテラス席に座っているESは、道行くお洒落なパリジャンたちの姿に圧倒される。

ホテルの豪華なベッドで眠るES。
やがて起床して、部屋の窓から外を眺めると、街にはほとんど誰もいない。不意に路上を怪しげな若者が走ってきた。彼を追いかける警官たち。

戒厳令下のように静かなパリの街を歩くES。ただ教会の前には施しを受けるために並んでいる貧しい人々の行列。
ヴォーカンソン通りの路上で寝ているホームレスの男には、通報を受けて駆けつけた救急隊員が話しかけている。

ESはナポレオン像のあるヴァンドーム広場まで歩いてくるが、やはり誰もいない。
ふと後ろを見ると、いきなり戦車が何台も走ってくる――。

さらに歩いていると、トランクケースを持った日本人カップルに出くわす。彼らはブリジットという人を探しているらしい。
無言で立ち去るES。
さらに地下鉄では威圧的な男から、無駄に凄まれてしまう。

まもなく軍事パレードに沸くパリの街。
普段の活気が戻ってくる。

ESは映画会社を訪ねる。新作映画の企画を売り込むためだ。
しかしプロデューサーから「パレスチナ色が弱い」とあっさり断られてしまう。

失意のES。ホテルの部屋に飛び込んできた小鳥に水をやると、その小鳥はすっかりESになついてしまう。
だが執筆の邪魔になるので、ESが出て行けとばかりに窓の外に指を差すと、小鳥は再び空に飛んでいく――。

<ニューヨーク>
夜の街。タクシーに乗るES。運転手から「どこの国から?」と訊かれたESは、初めて口を開き「ナザレ」と答える。
「ナザレ? そりゃ国か?」と口走る運転手に対し、「パレスチナ人だ」と続けるES。突然、運転手は驚いて、「パレスチナ人に初めて会った!」「ナザレの男だ。イエス様の故郷!」と盛り上がる。アラファト議長のことを「カラファト」と言い間違えつつ。

この街の住民は、みんな疑心暗鬼のようだ。誰もが銃を持っている。バズーガ砲を持っている者まで。

公園に佇むES。
池のほとりには天使のような少女がいる。そこにNYPD(ニューヨーク市警察)のパトカーがやってきて、警官たちが彼女を追いかける。まもなく取り押さえると、大きな白い羽根だけを残して少女の姿は消えた。

映画学校の講義に招かれているES。
そこで聞き手の教師から、映画監督としてのアイデンティティを問われる。
「ノマド的な人生は、特定の場所への執着を地球規模の博愛に変えたのか? つまり――あなたは真の流浪人ですか?」などと。

何も答えることができないES。 アラブ・フォーラムに登壇者たちの一人として出席するES。
司会者は「皆、我らが愛する故郷パレスチナの英雄たちです!」と紹介。大盛り上がりの会場。ESは壇上の末席にちょこんと座っている。

「メタ・フィルム」という映画会社のロビー。ESは友人でもある俳優のガエル・ガルシア・ベルナルと一緒にプロデューサーを待っている。
ようやくプロデューサーの女性がやってくると、ベルナルは彼女にESを紹介する。「友人のスレイマン監督です。パレスチナ出身でコメディを撮ってる。次の作品のテーマは“中東の平和”」。
それを聞いたプロデューサーは「もう笑えちゃう」と返し、「健闘を祈ります。またいつか」と言い残して去っていった。
またあっけなく映画会社から追い払われてしまったES。

失意のES。タロット占いを受けている。
占い師は「なるほど。これは面白そうだ」と語り出す。「“この先、パレスチナはあるのか?”――。パレスチナはある。必ずや、ある。ただし、我々が生きているうちではない」

空港の検査ゲート。探知機が鳴り、警備員に止められながらも、アクロバティックにすり抜けていくES。

<再びナザレ>
自宅に戻ってきたES。庭にはレモンの木に水をやっている男の姿。山に行けばベドウィンの女性が水を運んでいる。クラブでは賑やかな曲に合わせて、みんな踊っている。
いつもの日常が続いていく。

監督の言葉

監督の言葉

もし過去の私の映画作品が、パレスチナを世界の縮図として描くことを目指していたなら、
『天国にちがいない』は、世界をパレスチナの縮図として提示しようとしている。

本作は、地政学的な世界規模の緊張という環境下で生きる世界中の人々が置かれた、いたって平凡な日常を描いている。ある場所で勃発する暴力は、全く別の場所で起きる暴力と似通っており、これらの暴力もしくは緊張を含む映像や音は、あらゆる世界の中心、あるいはそうではなく、過去そうであったように、遠い世界の片隅のどこかで感じられている。どの国の空港やショッピングモールにも検問所があり、警察のサイレンや警報アラームの音は、もはや断続的に鳴るものではなく、常に存在している。
マスメディアがいつも飛びつき、常に大衆化し、覆い隠し、捏造する“広い”視野に焦点を当てるのではなく、本作は、周縁の、些細な、あるいはいつもは焦点から外れている瞬間を描いている。したがって、映画は親密で、優しく、琴線に触れるものにアプローチしている。
それは、疑問と希望の両方をもたらす、帰属にまつわる個人的かつ人間的な物語だ。

過去の作品と同様、本作にも会話(ダイアローグ)はほぼない。話されている言葉は、リズムと音楽的才能を吹き込むための、むしろ独白(モノローグ)のみ。それ以外の映画の語り口は意識下(サブリミナル)の編集(モンタージュ)、つまり振付(コレオグラフ)された動き(ムーブメント)や不条理な世界から描かれた風刺劇から編まれ、静寂の詩(ポエトリー)へと展開する映像(イメージ)が映画言語の中心に位置している。
―エリア・スレイマン
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監督プロフィール

監督プロフィール

1960年7月28日イスラエル領ナザレに生まれのパレスチナ系イスラエル人。1981年から1993年までニューヨークで暮らしていた。この時期に、最初の短編2作品“Introduction to the End of an Argument”と”Homage by  Assassination”を監督し、いずれの作品も高い評価を得る。1994年エルサレムに移り、欧州委員会からの依頼でビルツァイト大学に映画メディア学部を設立する。  1996年、長編デビュー作『消えゆく者たちの年代記』(「Chronicle of a Disappearance」)でベネチア国際映画祭で最優秀初長編作品賞を受賞。2002年『D.I』ではカンヌ国際映画祭で審査員賞と国際批評家連盟賞を受賞し、ヨーロッパ映画賞で最優秀外国語映画賞を受賞。2009年『時の彼方へ』(「The Time That Remains」)では、カンヌ映画祭コンペティション部門出品され、東京国際映画祭でも上映された。2008年カンヌ映画祭60回記念オムニバス作品『それぞれのシネマ』では、北野武、ダルデンヌ兄弟、デヴィッド・リンチなど名だたる監督らとともに参加。さらには2012年に公開された『セブン・デイズ・イン・ハバナ』ではベニチオ・デル・トロやギャスパー・ノエらとともに監督した。妻はレバノン出身の歌手ヤスミン・ハムダン。

フィルモグラフィー

フィルモグラフィー

  • 1996
    『消えゆく者たちの年代記』ベネチア国際映画祭で最優秀初長編作品賞を受賞
  • 2002
    『D.I.』 カンヌ国際映画祭 審査員賞×国際批評家連盟賞受賞
  • 2007
    『それぞれのシネマ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~』内「臆病」 3分
  • 2009
    『時の彼方へ』 カンヌ国際映画祭 コンペティション部門 正式出品
  • 2012
    『セブン・デイズ・イン・ハバナ』内「初心者の日記/木曜日」 カンヌ国際映画祭 ある視点部門 正式出品
  • 2019
    『天国にちがいない』 カンヌ国際映画祭特別賞×国際批評家連盟賞受賞 第92回アカデミー賞国際長編映画賞 パレスチナ代表

受賞歴

受賞歴
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レビュー

レビュー
レビュー

現代のチャップリンからパレスチナへの
もう1つのラブレター
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スレイマンは、クレイジーな詩で
日常生活のシュルレアリスムを表現する!
- PREMIERE

印象的な優雅さ、軽やかさと深遠さ、
不条理なユーモアと憂鬱を兼ね備えた実在の物語だ。
- LE JOURNAL DU DIMANCHE

彼の詩的でバーレスク的で政治的な視線が、
私たちにとっていかに貴重であるかを思い出させてくれる!
-Positif

この世界は、
かくも可笑しく
愛おしい―。