<ナザレ>
映画監督のES(エリア・スレイマン)は、自宅で物思いにふけりながら、静かに日常を送っている。
いつものようにテラスでお茶を飲み、煙草をふかしていた時、ふと庭を見下ろすと、レモンの木から果実をもぎ取っている男が居た。
その男はこう言う。
「隣人よ、泥棒とは思うな。ドアはノックした。誰も出てこなかったのだ」
散歩に出るES。街を歩いていると、物騒な男たちの集団が走ってきて通り過ぎて行く。聞こえてくるパトカーのサイレンの音。
あるレストラン。ESが酒を飲んでいると、向かいのテーブルで柄の悪そうな兄弟がウェイターにクレームを出している。
「妹が、料理の酸味が強すぎると言っている」
「ワインソースのせいでしょう。ワインに浸した鶏肉を出しただけです」
一触即発の状況。しかしウェイターの冷静な対応で平和的解決に落ち着く。
また別の日。ESが街を歩いていると、「隣人さん」と呼び止める声。
ひとりの老人。彼はESに、先日狩りをしていた時、ワシに狙われていたヘビの命を助け、そのヘビに恩返しをしてもらった不思議な話をして、去っていった。
カフェのオープンテラス席。ESの目に入るのは、立ちションする酔っぱらいの姿。その男を警官たちが白バイに乗って追いかけていく。
雨の夜道。ESが歩いていると、前方に全身濡れたままの老人がいる。
「隣人よ。小便が止まらん。次から次に出る」
ESは老人を傘の下に一緒に入れてやり、共に歩き出す。
自宅に戻ると、隣の邸宅のテラスでは、父親と息子が背中合わせに座り、「どら息子」「クソ親父」などと罵り合っていた。
山の中。ESが車を降りて散策していると、アラブの遊牧民、ベドウィンの女性が水を運んでいた。
海を眺めるES。帰りの車を走らせていると、後方からパトカーが接近してくる。運転席には二人の警官。なぜか互いのサングラスを交換し合っている。その後部座席には、目隠しをされたひとりの女性が乗っている。
家の中の不要な物を処分し、飛行機に乗るES。機体は雲の上へとぐんぐんのぼり、気流の乱れで時折ガタガタ揺れる。心配顔のESだが、ともあれ彼は異国へと旅立っていく――。
<パリ>
華やかな都、パリ。カフェのオープンテラス席に座っているESは、道行くお洒落なパリジャンたちの姿に圧倒される。
ホテルの豪華なベッドで眠るES。
やがて起床して、部屋の窓から外を眺めると、街にはほとんど誰もいない。不意に路上を怪しげな若者が走ってきた。彼を追いかける警官たち。
戒厳令下のように静かなパリの街を歩くES。ただ教会の前には施しを受けるために並んでいる貧しい人々の行列。
ヴォーカンソン通りの路上で寝ているホームレスの男には、通報を受けて駆けつけた救急隊員が話しかけている。
ESはナポレオン像のあるヴァンドーム広場まで歩いてくるが、やはり誰もいない。
ふと後ろを見ると、いきなり戦車が何台も走ってくる――。
さらに歩いていると、トランクケースを持った日本人カップルに出くわす。彼らはブリジットという人を探しているらしい。
無言で立ち去るES。
さらに地下鉄では威圧的な男から、無駄に凄まれてしまう。
まもなく軍事パレードに沸くパリの街。
普段の活気が戻ってくる。
ESは映画会社を訪ねる。新作映画の企画を売り込むためだ。
しかしプロデューサーから「パレスチナ色が弱い」とあっさり断られてしまう。
失意のES。ホテルの部屋に飛び込んできた小鳥に水をやると、その小鳥はすっかりESになついてしまう。
だが執筆の邪魔になるので、ESが出て行けとばかりに窓の外に指を差すと、小鳥は再び空に飛んでいく――。
<ニューヨーク>
夜の街。タクシーに乗るES。運転手から「どこの国から?」と訊かれたESは、初めて口を開き「ナザレ」と答える。
「ナザレ? そりゃ国か?」と口走る運転手に対し、「パレスチナ人だ」と続けるES。突然、運転手は驚いて、「パレスチナ人に初めて会った!」「ナザレの男だ。イエス様の故郷!」と盛り上がる。アラファト議長のことを「カラファト」と言い間違えつつ。
この街の住民は、みんな疑心暗鬼のようだ。誰もが銃を持っている。バズーガ砲を持っている者まで。
公園に佇むES。
池のほとりには天使のような少女がいる。そこにNYPD(ニューヨーク市警察)のパトカーがやってきて、警官たちが彼女を追いかける。まもなく取り押さえると、大きな白い羽根だけを残して少女の姿は消えた。
映画学校の講義に招かれているES。
そこで聞き手の教師から、映画監督としてのアイデンティティを問われる。
「ノマド的な人生は、特定の場所への執着を地球規模の博愛に変えたのか? つまり――あなたは真の流浪人ですか?」などと。
何も答えることができないES。
アラブ・フォーラムに登壇者たちの一人として出席するES。
司会者は「皆、我らが愛する故郷パレスチナの英雄たちです!」と紹介。大盛り上がりの会場。ESは壇上の末席にちょこんと座っている。
「メタ・フィルム」という映画会社のロビー。ESは友人でもある俳優のガエル・ガルシア・ベルナルと一緒にプロデューサーを待っている。
ようやくプロデューサーの女性がやってくると、ベルナルは彼女にESを紹介する。「友人のスレイマン監督です。パレスチナ出身でコメディを撮ってる。次の作品のテーマは“中東の平和”」。
それを聞いたプロデューサーは「もう笑えちゃう」と返し、「健闘を祈ります。またいつか」と言い残して去っていった。
またあっけなく映画会社から追い払われてしまったES。
失意のES。タロット占いを受けている。
占い師は「なるほど。これは面白そうだ」と語り出す。「“この先、パレスチナはあるのか?”――。パレスチナはある。必ずや、ある。ただし、我々が生きているうちではない」
空港の検査ゲート。探知機が鳴り、警備員に止められながらも、アクロバティックにすり抜けていくES。
<再びナザレ>
自宅に戻ってきたES。庭にはレモンの木に水をやっている男の姿。山に行けばベドウィンの女性が水を運んでいる。クラブでは賑やかな曲に合わせて、みんな踊っている。
いつもの日常が続いていく。